ドイツ・ルール鉱工業地帯での炭鉱遺産を活かしたまちづくり

IBAエムシャーパーク構想


経 緯

ルール地方は、ドイツ北西部に位置する東西100Km・南北30Kmの帯状のエリアを指し、人口は約600万人で、11都市・4郡から構成されている。このうちルール地方を西流しライン川に合流するエムシャー川流域は、石炭鉱業・鉄鋼業・化学工業などが最も密集した鉱工業地帯を形成していた。

1970年代を境とする産業構造の転換によって、従来までこの地域を支えていた重化学工業が衰退し、経済活動の低迷や人口の減少が見られるようになった。その一方で、重化学工業化と引き替えに汚染された自然環境や破壊された景観が、負の遺産として残されてしまった。

そこで、汚染や破壊の中心となったエムシャー川流域を、環境的にも経済的にも立て直そうと、IBAエムシャーパーク構想が推進された。

事業フレーム

エムシャーパーク計画の対象地域は、エムシャー川流域の総面積800平方Km(東西約80Km・南北約10Km・居住人口220万人)に及んでいる。パークという名称を用いたのは、文字どおり「全地域を公園化しよう」という意図が込められており、高度産業集積地の(インテリジェント)パークという概念とは異なっている。

計画の中心的事業として、「エムシャーパーク国際建築展覧会(Internationale Bauausstellung Emscher Park:略称IBAエムシャーパーク)」が位置づけられているが、単なる建築物の博覧会ではなく、エムシャー川流域の総合的な再生を国際コンペ方式で実施することを表現したものである。

 

計画の目的は、ルール地方が重工業産業の下で被ってきた、環境や景観に対する障害を除去し、工業的な景観の中で生活する住民の「生態系的・都市的・社会的」な条件を改善することにあり、具体的な事業計画は、次の2フレーム(5項目)に集約できる。

一つは、工業的景観の直接的な修景であり、

  • 緑地帯の再生
  • 河川水系の環境改善
  • 歴史的遺産の保全活用

の3項目を内容としている。

もう一つは、住宅や産業拠点の面的な再生という建築プログラム的な取り組みとしての

  • 住宅を核とする都市再生
  • 産業パーク構想

の2項目を柱としてる。

根底には工業的景観の直接的修景で用いた環境再生の手法を取り入れた、将来的な産業の活性化を視点においた社会的な取り組みであると言える。特に、斜陽化した重化学工業からハイテク産業やサービス業など多様な新産業への転換が急務とされている中で、それにはまず住環境の改善から始めなければならないという問題意識を強く抱いてることが注目される。

推進組織としてのIBAエムシャーパーク社

これら広い地域に展開する構想を統合し推進するための母体は、IBAエムシャーパーク社(以下「エ社」)が担っている。エ社は、1989年に州政府の全額出資(資本金50万DM=約35百万円)で、計画の終了に合わせた10年間の時限的な組織として設立された。

計画の推進組織を行政内に置かず、民間組織とした理由として、

  1. 組織としての柔軟性の保持
  2. 事業環境変化に伴う計画変更への対応の早さ
  3. 10年後に予定されている計画終了への対応
  4. 民間投資のやりやすさ

などが指摘されている。

エ社の事業内容は、プロジェクトの発掘から、事業内容に関する具体的課題の設定、国際コンクールの運営、全体計画と各事業との調整、計画の広報啓蒙など、多岐に及んでいる。社員数は40名程で、都市計画・建築・生態学・社会学・経済学・ランドスケープ・地理・ジャーナリズム・行政など各分野の専門家が約半数を占め、残りの半数が広報担当となっていた。

組織の運営にあたって、社内に次のような機関が設置され事業内容の検討を行った。

  • 運営委員会 全体方向の決定
  • 構成員:州政府代表、自治体代表(関係16都市の半数)、市民代表(労働組合、消費者団体、建築・都市計画専門家、環境保護団体、中小企業)
  • 学術専門部会:運営委員会の下部組織、実質的な運営推進
  • 構成員:社長が統括責任者、各部会長(建築、都市計画、景観、ジャーナリズム、社会学、物理学など各分野の学識経験者・専門家)

運営資金として、1994年までに官民合わせて400万DM(=約25億円)が拠出された。また、計画関連の事業費合計は、1994年時点で25億DM(=約1,500億円)、プロジェクト終了時点では50億DM(=約3,000億円)に達した。

各種のシンポジウムやワークショップを通じて実行計画を練り上げ、最終計画を提示するのはエ社であるが、個別事業は、自治体・民間会社・市民団体などが単独または共同で事業主体となった。事業の実施財源は、事業主体が独自に確保した財源に加えて、エ社の認定によって支給される州の補助金があてられることになっており、これによって計画に対するエ社のイニシァティブが保障されていた。

事例●歴史的施設を活用した公園

歴史的施設の保存・再利用の事例として、ティッセン社の製鉄所跡を活用したデュイスブルグ北景観公園がある。

これは、デュイスブルグ市にある操業を中止した製鉄所を、高炉など稼働時の機械設備・建屋をモニュメントとして全て保存したまま、公園化したものである。面積は200haに及ぶ広大なもので、風致公園としてだけではなく、バザーやコンサートの会場、構築物を利用したウェールクライミングなどに用いられている。

これは、事業フレームのうち「B歴史的遺産の保存・再利用」だけではなく、「緑地帯の再生」での公園ネットワークの一部も担っている。この製鉄所だけではなく、ガスタンクを利用した産業博物館、炭鉱施設を再整備した展示会議施設などが、地域の固有性を表現しながら、地域の社会的な再生に貢献している。


歴史から未来へ

エッセン市にあるツォルファーアイン炭鉱では、立坑・選炭機・コークス工場など炭鉱コンビナートをそのまま保存している。

産業遺産観光のインフォメーションセンターとしての機能を持つほか、新たな地域産業創出のための拠点として活用されている。炭鉱ボイラー施設を改装したデザインセンターでは、ミュージアム、工房などが設けられている。


地域を巡る

ルールでは、このような歴史的な産業遺産を活用したポイントが多数展開されていて、これを系統だてて見て回ることができる。

●参考文献:春日井道彦『人と街を大切にする ドイツのまちづくり』学芸出版社・1999年、p151-170